【第6話】告白

「まだ起きていると思って……」

 桐島は素足にジャージ姿で部屋に入って来た。

 「何だよ。突然、しかもこんな時間に」

 「いや午後の講義受けないで帰ったからさ、薄毛を苦にくたばっちまったかと思って」

 桐島がソファーに座った。

 「バーカ。そう簡単に死んでたまるか」

 僕はそう言いながらも嬉しかった。

 「夜中におまえの家来るの久しぶりだな」

 桐島はポケットから煙草を取り出した。

 「何年ぶりだろう……」

 僕が言った。

 高校の頃、今から行くよ、と、メールか電話をよこせばいいものの桐島は突然、家にやって来て窓に小石を投げた。昭和の高校生じゃあるまいし、あまりに古典的でバカバカしいと思いつつ僕は何故かワクワクした。静まり返った部屋、台所から聞こえる冷蔵庫のブーンという音、近所の発情した猫の鳴き声、僕と桐島はインスタントの焼きそばにアホほどマヨネーズをぶっかけて、口のまわりをマヨネーズだらけにしながら焼きそばを食らい、声を殺して笑った。時々笑い過ぎて焼きそばを口と鼻からブッぱなした。悩みらしい悩みなんて一つもなかった。無敵だった。僕と桐島は純粋に仲が良かった。

 

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 いつからだろう。桐島が家に来なくなったのは……。大学生になった桐島が薄毛になったという理由だけで、僕が敬遠する様になってからだと思う。

 「知っていたよ……。俺が薄毛になって、お前が敬遠するようになったの。最初はムカついたけど、まぁこんなんじゃあ仕方ないかなって」

 桐島は笑いながら薄くなった頭を軽く叩いた。

 「桐島……」

 「磯部と中島なんて、露骨に俺をバカにしやがったから一発ぶん殴ってやったんだ。俺は昔から力でねじ伏せるタイプだから。奴等はそれから何も言わなくなった。お前は俺をからかわなったけど、腹の中で俺を蔑んでいた。ある意味、磯部や中島よりひでぇ奴だよな」

 胸にナイフを突き刺された様だった。

 僕は昔と変わらない態度で桐島に接していたつもりだった。胸の内を桐島に悟られまいとしていたのに全てお見通しだったとは……。

 桐島がセブンスターに火を点けた。

 枯草の様なにおいが立ち込める。桐島は深くゆっくり煙草吸って大きく煙を吐いた。紫煙がユラユラと部屋に漂い、桐島はその煙の行方を遠い目をして見つめていた。

 

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 「雪乃来たのか?」

 桐島は煙草の灰を灰皿に落としながら言った。

 「えっ、なんで知ってんの?」

 「マルボロのメンソール、雪乃の吸い殻たろう」

 灰皿には赤い口紅が付いた、きっちり同じ長さのマルボロの吸殻が3本あった。

 「雪乃が煙草を吸うの知ってたんだ?」

 「ああっ。雪乃は中学の頃から吸っていた」

 「マジで?」

 雪乃が中学生の頃から煙草を吸っていたなんて僕は知らなった。彼氏である僕が知らない事をなぜ桐島が知っているのか。嫉妬とも怒りともいえる感情が湧き上がってきた。

 「俺、いつも体育館の裏で煙草を吸っていただろう。そこへ雪乃がやって来て煙草を吸いだしたんだ。中学三年の時、雪虫が飛ぶ寒い日だった。あいつ無表情で煙草を吸っていたんだけど、突然泣き出して私の体は汚れている。照男とやったけど取り消しなんてできなかった。よけいみじめになったって言ってた。雪乃、母親の彼氏にレイプされたんだ」

 

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 僕は耳を疑った。

 「母親の店の客」

 そんな……。僕はあの夜に思いを馳せた。

 「ごめん。俺、中学の時、雪乃が好きだったから雪乃に目の前で泣かれて、ついキスしてしまったんだ。お前と付き合ってんの知ってて……」

 過去の出来事なのに耳がカッと熱くなった。

 「その男、合鍵を持っていたみたいで寝ているところを襲われたって。女の心理は分らないけど、好きなお前とやる事で自分の体と忌まわしい過去を清めたいと思ったのかなぁ。この事は墓場まで持って行くつもりだった。夜のせいかな、こんな話してしまったの……」

 夜のせい?僕と雪乃が終わりに近づいているからだろう。そう、きっと雪乃から別れを告げられる。原因が薄毛だなんて笑ってしまう。もっと笑えるのは桐島と雪乃が秘密を共有し、雪乃にそんな忌まわしい出来事があったのを僕がずっと知らなかった事だ。

 僕はソファーから立ち上がって窓を開け夜

空を見上げた。

 黒い雲が月を覆い隠した。

 どこからか風鈴の音が聞こえてきた。

 「ちょっと付き合えよ。いい店あるんだ」

 桐島が言った。

 「こんな時間に?」

 「いいから。ついて来いよ」

 桐島が唇に笑みを浮かべた。

(つづく・・・)

 

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