2016-11-01から1ヶ月間の記事一覧

【第9話】衝動

「いらっしゃいまし」 今宵も小夜子が僕を笑顔で迎えてくれた。 僕はすっかり店の常連になっていた。最初の頃は桐島と一緒に店に来て、同じ薄毛に悩む若者達とテーブルを囲み、薄毛の悩みを赤裸々に語り、心の傷を舐め合い、励まし合っていたが、近頃はカウ…

【第8話】快楽

「本当に金子?」 僕が言った。 「金子、金子」 「外見がまるっきり変わったけど、その口癖、金子だ。いやぁ久しぶり、まさかこんな所で会うなんて……」 僕の驚き様に桐島は手を叩いて笑った。 「まぁ積る話もあるでしょうから、お二人でごゆっくり」 桐島は…

【第7話】再会

夜の帳の中を桐島はバカみたいに自転車をとばしていた。僕はまるで恋人みたいに自転車の後ろで桐島の背中にしがみついていた。 夜風が吹き抜けていく。 夜空には真珠色の星たちが輝いていた。 まだ少年だった頃、眠る街の中をこうして自転車に二人乗りして走…

【第6話】告白

「まだ起きていると思って……」 桐島は素足にジャージ姿で部屋に入って来た。 「何だよ。突然、しかもこんな時間に」 「いや午後の講義受けないで帰ったからさ、薄毛を苦にくたばっちまったかと思って」 桐島がソファーに座った。 「バーカ。そう簡単に死んで…

【第5話】追憶

こんなに泣いたのは小学生以来だった。あれは小学六年の時、近所の公園に猫が捨てられていて、僕はその子猫を家に連れて帰った。 「ダメよ、お父さん猫アレルギーなんだから。元の場所に戻してらっしゃい」 母は全く取り合ってくれなかった。母に子猫を飼う…