【第9話】衝動

「いらっしゃいまし」 今宵も小夜子が僕を笑顔で迎えてくれた。 僕はすっかり店の常連になっていた。最初の頃は桐島と一緒に店に来て、同じ薄毛に悩む若者達とテーブルを囲み、薄毛の悩みを赤裸々に語り、心の傷を舐め合い、励まし合っていたが、近頃はカウ…

【第8話】快楽

「本当に金子?」 僕が言った。 「金子、金子」 「外見がまるっきり変わったけど、その口癖、金子だ。いやぁ久しぶり、まさかこんな所で会うなんて……」 僕の驚き様に桐島は手を叩いて笑った。 「まぁ積る話もあるでしょうから、お二人でごゆっくり」 桐島は…

【第7話】再会

夜の帳の中を桐島はバカみたいに自転車をとばしていた。僕はまるで恋人みたいに自転車の後ろで桐島の背中にしがみついていた。 夜風が吹き抜けていく。 夜空には真珠色の星たちが輝いていた。 まだ少年だった頃、眠る街の中をこうして自転車に二人乗りして走…

【第6話】告白

「まだ起きていると思って……」 桐島は素足にジャージ姿で部屋に入って来た。 「何だよ。突然、しかもこんな時間に」 「いや午後の講義受けないで帰ったからさ、薄毛を苦にくたばっちまったかと思って」 桐島がソファーに座った。 「バーカ。そう簡単に死んで…

【第5話】追憶

こんなに泣いたのは小学生以来だった。あれは小学六年の時、近所の公園に猫が捨てられていて、僕はその子猫を家に連れて帰った。 「ダメよ、お父さん猫アレルギーなんだから。元の場所に戻してらっしゃい」 母は全く取り合ってくれなかった。母に子猫を飼う…

【第4話】慟哭

「なぁ見せろよ」 磯部が僕を羽交い絞めにして中島が僕の頭を押さえつけようとした。 「お前らふざけんなよ」 僕は中島の向こう脛を思いっきり蹴とばした。 「いてぇ何すんだ。このハゲ」 中島のボディブローが横っ腹にズシリと飛んできた。 「あんた達、何…

【第3話】屈辱

「照男、帰っていたのか……」 父の裕造が洗面所に入って来た。僕は咄嗟に手鏡を後ろに隠した。 父の頭髪をマジマジと見る。 「なんだ? 髪に何かついているか?」 「いや、別に」 僕は慌てて視線を逸らす。やっぱり薄毛でもないしハゲてもいない。50歳の父…

【第2話】真実

「マジだって」 桐島はポケットから手鏡を取り出して、僕に渡した。 手鏡は手の平より少しだけ大きめで、鏡の表面には薄く白い指紋が、いくつも付着していた。桐島が日に何度も手鏡を覗いては、薄くなっていく己の髪の毛に、溜息をつく姿が目に浮かんできた…

【第1話】悲劇の始まり

ランドセルを背負って、悪ふざけしながら一緒に登下校していた美咲が、中学に入ると登下校は疎か口も利かなくなった。然も赤い顔をして僕を直視しなくなったのだ。隣に住む幼なじみが何故、そんな態度を取る様になったのか。僕は全く見当が付かなかったが、…