【第1話】悲劇の始まり

ランドセルを背負って、悪ふざけしながら一緒に登下校していた美咲が、中学に入ると登下校は疎か口も利かなくなった。然も赤い顔をして僕を直視しなくなったのだ。隣に住む幼なじみが何故、そんな態度を取る様になったのか。僕は全く見当が付かなかったが、後にその理由を知る事になった。

 

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 中学生になった僕はサッカー部に入部した。毎日、日が暮れるまでサッカーの練習に明け暮れ、クタクタになりながら一人、家に帰る途中、5人もの女子から告白されたのだ。彼女達は一様に顔を赤らめ、僕の顔をまともに見ようとはしなかった。恥ずかしがっているのが分った。その事で美咲が何故、あんな態度を取るようになったのか理解できた。僕は幼なじみから好きな人になったのだ。

 モテ期の到来だった。

 学年で一番の美人、雪乃にも告白され体育館の裏に連れて行かれ唇を奪われた。僕のファーストキスだった。

 「何人の女の子がお前とすれ違いざまに、振り返るか賭けよう。俺は7人とみた。もし俺が勝ったらマックのポテトおごれよ」

 クラスのリーダー格、桐島が言った。

 

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 桐島は中学生とは思えない体格で、丸みを帯びた顎のラインだけ少年らしさが残っていた。フェロモンババァと呼ばれる保健室の恭子先生と桐島が保健室でやっていた、という噂が流れたが奴ならあり得る、と、思った。28歳の年上の女さえも夢中にさせる、男の魅力というか色気みたいなものを13歳の桐島は既にもっていたからだ。

 「よし!俺の勝ち。ポテトおごれよな」

 桐島が頓狂な声を上げた。

 惨敗だった。僕の予想は4人、桐島の予想が的中したので、僕は彼にポテトをおごる破目になった。でも、すれ違いざまに女の子達から「めっちゃイケメン」とか「王子様」とう声が聞こえてきたので気分は悪くなかった。

 それからというもの、すれ違いざまに振り返る女の子をカウントする様になった。大学生になった今でもその癖は抜けない。全て桐島のせいだ。奴とは腐れ縁なのか高校も大学も一緒だった。桐島は高校生になっても女に不自由しなかったし、より女遊びが激しくなった。ところが大学生になった桐島はすっかり変わってしまった。

 

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 まるで、しょぼくれた老犬だ。

 何が桐島を変えてしまったのだろう。僕が思うに、その原因は薄毛だと思う。いやきっとそうだ。薄毛が彼の外見も性格さえも変えてしまったのだ。まだ二十歳だというのに、あの両サイドの生え際の後退はないだろう。前髪も薄くなり簾の様だ。薄毛の妖怪ぬらりひょんと言っても過言ではない。

 昔は桐島とつるんでいることが、まるでブランド品を持ち歩いているみたいに優越感に浸れた。桐島もまた僕と一緒にいることで優越感に浸っていた。今は正直、桐島と一緒にいるのが恥ずかしい。昔のよしみで行動を共にしているが、本当は一緒に居たくない。それを痛烈に思ったのは合コンの時だった。

 桐島がトイレに立った時、女の子達が彼の薄毛を笑っていた。僕まで恥ずかしくなって、桐島の友達だという事が恥にさえ思えた。

 桐島がウザくてしかたなかった。

 学部が一緒だから受ける講義もほぼ一緒、彼はいつも僕の隣に座る。昼飯も一緒だ。

「さて、今日は何食おうかな」

 僕の後ろで桐島が、お盆を持って学食のメニューを見ている。今日も付いて来やがった。僕は心の中で毒づく。

 奴が同席すると女の子のテンションが下がる。どこかに行け。僕はそう思いながら、お盆に箸を載せようとして手が滑った。慌てて床に落ちた箸を拾おうとした時、近くに居た女の子達がクスクス笑った。オイオイ、そうやって王子様の気を引こうとするんじゃない、と、思いながら僕は女の子達に微笑みを投げかけた。すると桐島が僕の耳元で囁いた。唇に笑みを浮かべて……。

 「頭のてっぺん薄くなってる」

 「冗談言うなよ」

 僕が言った。

(つづく)

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