【第4話】慟哭
「なぁ見せろよ」
磯部が僕を羽交い絞めにして中島が僕の頭を押さえつけようとした。
「お前らふざけんなよ」
僕は中島の向こう脛を思いっきり蹴とばした。
「いてぇ何すんだ。このハゲ」
中島のボディブローが横っ腹にズシリと飛んできた。
「あんた達、何してんの?」
雪乃が部屋に入って来た。
「中学生の喧嘩じゃあるまいし」
雪乃は僕達の足に蹴りを入れると、長い黒髪をかき上げながらソファーの真ん中に座った。
「雪乃ちゃんのジュース持って行って」
1階から母が叫んでいた。
「甘ったるいジュース嫌いだから」
雪乃は僕に目で合図した。
僕はドアを開けて、
「雪乃、何もいらないって」と叫んだ。
磯部はベッドの上にあぐらをかき、中島と僕は雪乃を真ん中にしてソファーに座った。雪乃は黒のミニスカートから、すらりと伸びた足を緩く組んで、クロエのバッグからマルボロのメンソールを取り出した。
中島と磯部が目を丸くしていた。無理もない。英文科の雪乃は大学ではマドンナ的存在で、去年も今年も我が大学のミスに選ばれ清楚なお嬢様でとおっていたから。でも僕の前では素顔を見せていた。中島と磯部にも素顔を見せるなんて何を企んでいるのか……。
僕は一抹の不安を覚えた。
「灰皿」
雪乃が煙草に火を点ける。
僕は慌てて部屋に置いてある雪乃専用の灰皿を机の引き出しから取り出してテーブルの上に置いた。煙草嫌いの母に、僕は煙草を吸っていると思われたくなかったので、灰皿を机に隠していた。雪乃は僕の母に煙草を吸っているのを知られたくないらしく、彼女は母の前でも育ちの良いお嬢様を演じていた。
「雪乃ちゃん、煙草吸うんだ……」
磯部がベッドの上で無駄に弾みながら言った。
「いやぁー意外だな、雪乃ちゃんそんなキャラだった?」
中島も動揺を隠し切れない様だ。雪乃は鼻で笑って中島の顔に煙を吹き掛けた。
「俺、煙草の煙が苦手……」
中島が咳き込む。雪乃は灰皿の上に煙草を置いてケラケラと笑い出した。僕は灰皿の上の赤い口紅が付いた煙草を見つめながら、胃がキュッとなった。雪乃が中島をからかっている。中島もイケメンには違いなかったが、僕より断然格下だ。そんな中島に僕は初めて嫉妬した。
「ちょっと見せて」
雪乃は素早く僕の頭を腕で抱え込んだ。
「やめろよ」
僕は頭を激しく振った。ああっ雪乃に見られてしまった。全身の毛という毛が逆立っていく。心臓の鼓動が激しくなっていった。
雪乃は深く煙草を吸って、煙を宙に細く長く吐き出すと、僕の薄くなった頭頂部に煙草の灰を落とした。
その場が一瞬、静まり返った。
「ごめん、灰皿かと思った」
爪が手のひらに食い込んで、血が出るほど両手を握り絞めた。僕の体は小刻みに震えていた。言葉すら出てこなかった。
「雪乃ちゃん、もしかしてドS?」
磯部が珍しく場の空気を和ませようとしているのが分かった。すると中島が薄笑いを浮かべながら言った。
「だよね。照男の頭、見ようによっては、カッパの皿に見えるし、灰皿にも見えるもんなぁ。ああっ、歴史の教科書によく出てくる、ほらフランシスコ……」
「ザビエル!」
磯部と雪乃が声を揃えて言った。
笑い声が部屋中に広がる。
僕は唇を噛み締めた。こんな屈辱を今まで味わった事がない。こいつらを殺したい。僕は本気で思った。
「ねぇ、これからカラオケに行かない?」
雪乃が言った。
「いいねぇ」
磯部が言った。
「行く、行く」
中島もご機嫌だ。磯部も中島も雪乃に気があった。
「僕は遠慮するよ」
「照男は誘ってないから。っていうか来ないで」
「何で?」
「だって一緒に居るの恥ずかしいもん」
雪乃が言った。
「……」
三人は僕をおいてカラオケに行った。
一人、部屋に残された僕は何もする気になれなかった。ベッドに横になったまま只天井を見つめていた。
放心状態だった。
雪乃の「だって一緒に居るの恥ずかしいもん」という言葉が頭の中をリピートしていた。
因果応報。
口に出して言わないまでも薄毛になった桐島に抱いていた僕の感情が、そのまま自分に跳ね返ってきた、と、思った。
僕は布団の中で泣いた。
(つづく・・・)
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