【第3話】屈辱
「照男、帰っていたのか……」
父の裕造が洗面所に入って来た。僕は咄嗟に手鏡を後ろに隠した。
父の頭髪をマジマジと見る。
「なんだ? 髪に何かついているか?」
「いや、別に」
僕は慌てて視線を逸らす。やっぱり薄毛でもないしハゲてもいない。50歳の父の髪は白髪こそ多いがフサフサしていた。僕はまだ20歳だというのに……。益々絶望的な気持ちなった。
「そろそろ夏休みか?」
父が言った。大学生になって父との会話がめっきり減ったので、父は息子と久しぶりに会話ができて嬉しそうだったが、病院を継ぐ話に発展すると面倒なので、僕は「明日から」と言って、そそくさと洗面所を出ようとした時、玄関から母の声が聞こえた。やばい、帰って来た。早く手鏡をドレッサーに戻さないと……。
「照男、中島君と磯部君よ。買い物の帰りに道でばったり会っちゃって」
「なんで中島と磯部が突然、家に来るんだよ」
僕は誰に言うでもなく言った。
「頭、ハゲたんだって?」
磯部が言った。磯部は勝手に僕のベッドに横になっていた。
「正しくは薄毛でーす。お前の写真、拡散されているらしいぞ」
中島がソファーに横になってスマホを見ながら言った。
「写真?」
僕は部屋に入ると、母が用意してくれたスナック菓子とジュースをテーブルの上に置いた。
「貸せ」
中島からスマホを取り上げた。
スマホを見た僕は言葉を失った。
SNSに僕の頭頂部の写真がアップされていたのだ。しかも、ショック!大学1のイケメンが薄毛だなんて!憧れの先輩だったのにマジでショック!と、コメントが書かれていた。
これは明らかに僕が学食で箸を落とした時に撮られた写真だ。ものの数秒でよくもまぁ撮影したもんだ。あの時、僕のそばに居た女の子達の誰かが撮影したのだ、と、ピンときた。
まったく恐ろしい世の中だ。
「写真撮った子、俺と同じサークル。どうやらお前のファンだったらしい。密かにお前の追っかけやっていて、写真も撮っていたみたいだな」
中島が言った。
「目立たない奴が薄毛になろうが、ハゲになろうが話題にならないけど、お前みたいな超イケメンが薄毛になっちゃうと大騒ぎになるんですねぇ」
磯部のふざけた口調に僕はイラッとした。
「おい、ベッドから下りろよ!」
磯部はゆっくり起き上がってあぐらをかいて言った。
「なにイラついてんだ? 俺達、心配して来てやってんじゃん」
「どうだか」
お前らが心配する?笑わせるな。基本、人の事なんてどうでもいいくせに……。
二人とも僕と同じ医者の息子だった。
磯部は某巨大病院の外科部長の息子で抜群に頭が良い、中島は芸能人がお忍びで通う有名美容整形外科の一人息子だった。三代続く街医者の息子と違って、二人とも金持ちのボンボンだ。
そんな彼等と僕は同じ大学の医学部で高校も同じ、高校三年の時はクラスも一緒、そこに桐島が加わって僕達はいつもつるんでいた。クラスはカースト制度そのもので、桐島が頂点に君臨し僕や磯部、中島がその下に居た。僕達のグループにはもう一人、猿にそっくりの金子が居て、よく桐島や磯部、中島にイジられていた。僕はそれをただ笑って見ていた。金子は僕達のパシリで、いつも売店にパンを買いに走らされていた。
「もう、やってられねぇ」が金子の口癖だった。
僕は桐島には一目置いていたが、他の奴らは表面上の付き合いで、どこか馴染めなかった。それでも彼等とつるんでいたのは、同じグループに居る事で、何かと恩恵を受けていたし、カースト制度の上の階級、つまりこのグループに身を置く事で、安心感と優越感を得ていたのだった。
「オレンジジュースかよ。おばさん、俺達まだ高校生だと思ってんじゃねぇ? ビール飲みてぇ。照男、ビール持って来い」
中島がソファから起き上がった。
「お前、まだ19だろうが」
僕は中島の隣に座った。
「来月、ボク大人の仲間入りをします。君達と同じハタチでーす」
「アホか」磯部が言った。
「なぁハゲ見せろよ」
中島が僕の頭頂部を覗き込もうとした。
僕は慌てて立ち上がった。
「ボクチンにも見せてください」
磯部がおどけた口調で言って、ベッドから飛び降りた。
なんて下劣な奴等だ。
人の不幸を完全に面白がっている。
「いいじゃん。見せろよ」
中島が言った。
「なぁ彼女、知ってんの? お前の薄毛」
磯部が言った。その言葉に僕の体が凍りつく。雪乃が僕の薄毛を知ったら、どんな態度をとるだろう……。
「照男、雪乃ちゃんが来たわよ」
一階から母が叫んでいた。
「おお噂をすれば何とやら」
磯部がニヤリと笑った。
(つづく・・・)
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